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逃げた先にも道はある。

人生逃げが必要な時もあります。逃げのススメや感じたことを書き綴ります。

日本にシャビが生まれるまであと25年はかかるんじゃなかろうか

 

私がTwitterでフォローしているスケゴーさんという方がいます。

サッカーの戦術とか、サッカーに関して専門的なツイートをよくされます。

最近、より興味深い投稿を見かけたので思うところもありブログにしました。

 まずはこの4ツイートを御覧ください。

 

これを読んでハッとさせられました。確かに日本では、プレーの暗記という概念は

ないように思えます(セットプレーは除く)。

それはなぜか。

考えた結果、サッカーは流動的でかつ相手もいる競技なので、状況によって最適な判断は異なるという考え方が浸透しているからではないか?

という仮説にたどり着きました。

ここでまた、スケゴーさんのツイートを引用します。

なるほど。実戦の場でいちいち考えずに脊髄反射的にプレーをするのと、そうでないのとではそれはプレースピードに差が出るというものですね。

深く納得がいきます。というのも、チームというものは11人がまるで1人の人間であるかのように連動して動くのがベストだと思っているからです。

あらかじめ11人がパターンを共有できていれば、プレースピードも上がるわけです。

1人の人間にたとえるなら、「共有されたパターン」は脳になります。

それができないチームだと、11人それぞれが「考える」ことになります。一見いいことのようにも思えますが、それはチームとして考えると害になってしまう。

1人の人間的なチームであれば、脳が命令を出すのであとはそれに従って動くのみ。

 

日本とスペインでは、サッカーの技術というより、そもそもの考え方が違う。そんなことを思い知らされました。

スペインやイタリアなど=サッカーのプレーには型があり、練習で叩き込み試合で自動的に出るようにする。

日本=型はあるという認識で練習もやる。だが実際の試合は試合なので、最終的には局面局面で「判断」する。

 

結局、暗記なんですね。詰め込み。完全な印象論だけどバスケやバレーや野球は攻撃の型があり、練習でも結構行っていると思う。フットサルも割りとそういう傾向がある。

でも、サッカーだけは違う。

では、どうすればよいか。スペインの考えを輸入するのが早いとは思いますが、そうしている間にもスペインはどんどん先を行く。

日本はそもそもの指導メソッドから立て直す必要がある気がする。

仮に25年後に日本にシャビのような選手ができてもスペインはもっとすごいシャビみたいな選手がいるでしょう。つらい。